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旧東海道徒歩の旅6 二宮~箱根湯本 その2 [旧東海道徒歩の旅]

旧東海道を歩いた。(二宮~箱根湯本)

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歌川広重作「小田原」(保永堂版) 


小田原に着いた。
まずは、宿場の入り口である江戸見附跡をみようかなと
思っていたのだが、後ろからきた自転車と接触した。
スマホを見ながら、運転していたおっさんであった。
なにも言わず、そのまま行ってしまった。
頭にきて、江戸見附のことがとんでしまって、
立ち寄るのを忘れた。

自転車乗りの私が言うのもなんだけど、
徒歩の旅行者にとっての最大の脅威は、
歩道を暴走する自転車である。
最近では、小銭欲しさに出前持ちの真似ごとをして、
都会の歩道を暴走する自転車乗りも増えているし。

国道1号線からはなれて、旧道にはいる。
「小田原かまぼこ通り」と書いてある。
ああ、ここって、旧東海道だったのか。

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小田原かまぼこ通り

たくさんのかまぼこのお店が、軒をつらねている。
けれど、新型コロナのおかげで、景気が悪そうである。
田代総本店というところは、閉店していた。
おそらく、倒産したのだろう。

丸にひらがなの「う」というマークの店である。
食べものにほとんど関心がない私ですら知っている名店である。
なんだかなあ、という感じであった。
国道1号線に合流するところに、小田原宿なりわい交流館
という施設があったので、トイレを借りた。

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小田原宿なりわい交流館


右手に小田原城がみえる。
小田原城には、象のウメ子が存命のころ、行ったことがあるな。
もう、ウメ子が死んでから、10年以上経過している。
ということは、もう10年以上、小田原城には行っていない、
ということか。


箱根口ガレージ報徳広場という施設があり、
路面電車のモハ202が展示されていた。
はて、こんなのあったけ?と思ったが、
それもそのはず、この3月にオープンしたときに
展示が開始されたのであった。

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箱根口ガレージ報徳広場に展示されているモハ202


前の記事で、「国府津から分岐する御殿場線は
昔の東海道本線であった」と書いたけれど、
それでは、国府津から小田原まではどうしていたのか。
じつは、路面電車が走っていたのである。
小田原電気鉄道であり、現在の箱根登山鉄道の前身である。

モハ202は、最後まで残っていた小田原市内線が廃止された
のに伴って、長崎電気軌道に売却された。
鉄道ファンにとっては有名な車両だったけど、老朽化に伴い、
最近、廃車されたと聞いたけどな。
じつは、クラウドファウンディングで集められた資金により
ここで保存されることになったようだ。
幸運なやつである。


板橋見附の交差点で国道1号線をはなれ、ふたたび旧道を歩く。
じわじわと登りはじめる。
早川が氾濫したときに東海道が水没するのをふせぐため、
わざと台地の上にルートをとった感じである。

内野邸という、風情のある建物があった。
この地で醸造業を営んでいた方が、明治36年に建てたもので、
歴史的建造物として保存されている。さらに「貸館」として
公開されており、料金は半日で400円から1,000円と割安である。
版画や写真、あるいは工芸品の作品展などに利用できそうだ。

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内野邸


上板橋の交差点で国道にもどる。
右がわを箱根登山鉄道が走っている。とはいえ、小田原から
箱根湯本までは、いわゆる登山電車ではなく、赤色に塗られた
小田急1000系が乗り入れており、実質的に、小田急の路線の
一部となっている。

小田原厚木道路をくぐったところで、踏切をわたり旧道にはいる。
日蓮聖人霊跡というものがあった。けど、草ぼうぼうで廃墟状態
であった。

箱根病院があった。国立病院機構である。なんだか、長期療養が
必要な患者向けの病院のようだ。さらにすすむと、小田原の道祖神
というものがあった。奥には風祭(かざまつり)の一里塚も。

風祭という地名を聞くと、私らの世代の者は、風祭ゆきという
女優さんを思い出すな。日活ロマンポルノにも出演したことがある
けれど、本人は都立戸山高校出身のインテリである。
美人という感じでもなく、かといってグラマーという感じでもなく。
でも、なんとなく印象的な人だった。ぐぐってみると、いまでも
映画に出ているようだけど。

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入生田踏切における3線軌条区間

入生田(いりうだ)駅の近くで、踏切をわたる。
この区間はレールが3本敷かれている。
この理由であるが、箱根登山鉄道の登山電車区間は
軌間1435ミリの標準軌である。「いしさんこ」と覚えればいい。
それに対して、小田急は1067ミリの狭軌である。(れいろくなな
と覚える)

ということで、狭軌のロマンスカーが箱根湯本まで行く
ためにはどうすればいいか。あるいは標準軌の登山電車が
小田原まで行くためにはどうすればいいか。

ひとつの解決方法は、軌間を変更できる車両を開発すること
である。油圧で軌間を変えることができるフリーゲージトレインは、
1980年代から開発されていた。けど、結局、断念したようだ。
試験車両は、現在、JR九州の熊本総合車両所で休眠状態である。

もうひとつの解決方法は、すなおにレールを3本敷くこと。
私はバカシンプルな脳みそをしているので、こういった単純な
解決方法が好きである。フリーゲージトレインなんてものを
考えるやつは、アタマおかしいと思うもんな。

ということで、小田原~箱根湯本は、当時としては世界でも
めずらしい3線軌条区間となった。しかしながら、ポイントが
複雑になり、維持費がかかることから、入生田~小田原間の
3線軌条は廃止された。現在、この区間は狭軌のみになっており
ロマンスカーおよびブレーキが強化された小田急1000系のみが
入れることになっている。

箱根湯本~入生田間に3線軌条が残ったのは、入生田に登山電車
の車庫があるから。登山電車は、箱根湯本から入生田まで、
回送で走っている。

注)現在でもみられる3線軌条区間には青函トンネルがある。
  標準軌である北海道新幹線と、狭軌であるJR貨物の列車
  が併走している区間である。



入生田から、また、じわじわと登りはじめる。
この区間、自転車でも走ったことがあるのだけど、
急坂というほどでもない。けど、じわじわとひざにくる感じで、
けっこう、苦しい区間である。

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三枚橋


三枚橋につく。今日はここで終了し、箱根湯本駅からロマンスカー
で帰ることにする。
次回は、いよいよ箱根越えである。
だいぶ、脚力はもどってきて、今回は楽勝で約17kmを歩いた。
けれど、箱根越えは、標高差800メートルを登って下らなければ
ならない。トレーニングをしてくる必要があるな。

14:44のロマンスカーで町田まで出て、横浜線で八王子まで出た。
電車の発車時間が迫っていたのと、家内に温泉まんじゅうの
お土産を買わなければいけなかったので、箱根湯本での写真は
撮り忘れた。


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