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岡山~玖波(くば)自転車ツーリング その7 [日本外周自転車の旅]

岡山から広島県の玖波まで、自転車で走った。

4日め  呉~玖波  約58km

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2017年12月30日金曜日午前4時30分、私は呉駅前にある
健康ランドの大和温泉物語を出た。
こんなに早く出発するのは、料金システムのせいである。
大和温泉物語は、最大10時間まで滞在して1,640円。
以降は1時間につき、210円の延長料金がついていく。
安いけど、どんどん延長料金がつく、というのが、
どうも落ち着かない。

昨日は午後4時30分に入館した。だから、10時間だと、
午前2時30分。さすがにそれだと早すぎるから、
午前4時30分まで滞在した。料金は合計で2,060円であった。

まだ、からだが重い。
昨日の夕方、一口羊羹とビスケットを食べて以来、
なにも食べていない。
かもめ橋をわたると、すき家があった。
朝ごはんを食べることにする。

すき家の朝定食には、たまかけ定食(生卵=なまたまご
がついている)と、おしんこ定食がある。
自転車乗りとしては、できれば卵を食べて、
動物性たんぱく質をとりたいところである。
けれど、私は生卵を食べることができない。
ということで、おしんこ鮭定食390円にした。
朝食を食べて、5分ほどやすむと血糖値が上がってきた。
ゆっくりと走り始める。

魚見山(うおみやま)隧道をこえると、吉浦(よしうら)
であった。またトンネルをこえると、かるが浜。
しばらく海沿いに走って、天応(てんのう)。
たぶん、景色がいいところを走っているのだろうけど、
まだ、真っ暗である。退屈であった。


生卵を食べることができないということは、
子どもの頃から、私を大いに苦しめてきた。
小学校5年生のとき、私は高野山に林間学校に
行ったのだが、そのとき、朝食に生卵が出た。
私は、はて、どうやって食べるのだろう?
と思ったのだが、みんな、器用に卵の殻を割って、
なかの白身と黄身を出し、箸でかきまぜ、
しょう油をたらしたあと、ご飯にかけて食べていた。

そのときに受けた私の衝撃は
筆舌につくしがたい。


結局、私は生卵を食べることができず、
ご飯とみそ汁だけで、朝食をすませた。すると、
「あー、こいつ、卵、食べてへん!」
と、ひとりの男子が騒ぎはじめた。
私は、ああ、しまった、隣のやつに押し付ければよかったな、
と、心のなかで思ったが、もはや遅かった。

先生がやってきた。そして、
「どうしてtak君は、卵を食べへんの。」
と聞かれた。私は、まっ正直に、
「なまの卵を食べたことがないんです。」
と答えた。背後から、
「こいつ、アホちゃうか。」
という声が聞こえた。私は、おまえ、すこし黙ってろよ、
と思ったけど、先生の前なので黙っていた。

そのとき、ひとりの女子が、
「tak君は東京から来て、お上品やから、生卵なんか
食べへんのよー。」
と言った。クラスのみんながゲラゲラと笑う。
当時、私は東京から大阪に転校してきて、
まもなかったのだ。

その子はお調子者で、高校生になったとき、暴走族の男の
オートバイにのせてもらって、補導されるのだが、
それはまだ、先の話である。私は、
「いや、そういうわけではないです。
東京でも生卵を食べるのかもしれないですけど、
ぼくの家では、こういった食べ方をしないのです。」
と言った。われながら正確な事情説明だった。
背後から、「こいつ、やっぱアホやで。」という声が聞こえた。
いいから、おまえは黙ってろよ。

すると、べつの女子が、
「べつにええやんか。私も卵かけご飯、
大嫌いや。こんなん、旅館の人が手え抜いて、
卵焼きつくる手間、はぶいてるだけや。
給食ちゃうんやから、食べる、食べへんは、
私らの自由やで。」

と言った。

まさしく正論である。

これには、男子もみんな、だまった。
担任の先生は、まだ、なにか言いたそうだったが、
そのとき、すこしはなれたところにいた校長先生が、
「そうだねー。」
と言った。それで、その話は終わりになった。


それ以来、私は修学旅行などで、日本式の旅館に泊まり、
朝食に生卵が出るたびに、隣のやつに、
「おう。卵、食うか?」
と聞いて、返事も聞かず押し付けるようにした。

ちなみに、林間学校で私の味方になってくれた女子は
その後、生徒会長になった。先生のウケもよく、
みんなの尊敬をあつめていた。
中学生になると、彼女は私に好意を持っていたようで、
校内で会って、目があうたびに微笑んで、下をむいた。
けど、林間学校の生卵事件で、なにも言えなかった私を
彼女が救ってくれたという一件が、私の心の負い目になり、
結局、うまくいかなかった。

それと、うまく騒動をおさめた校長先生であったが、
先生のお膳の上には、手付かずの生卵が残っていたのを、
私は見逃さなかった。


そんなことを思い出しながら、広島にむかって走る。
そういえば、国道の番号が185から31にかわっている。
はて、いつのまにかわったのだろう。
坂(さか)で、ようやく夜が明けてきた。

(つづく)

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