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天武・持統天皇陵に行ってきた [ツーリング情報]

奈良県明日香 (あすか)村にある天武・持統(じとう)天皇
の陵に行ってみた。


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mapion.gif 天武・持統天皇陵の地図



知っている人は知っていると思うけど、天武天皇と持統天皇は夫婦である。
だから、同じ陵墓に入っているというわけ。
ちなみに、天武天皇の兄、持統天皇の父は天智天皇(てんじてんのう)で、
別名(和風諡号)は、中大兄皇子(なかのおおえのみこ)。
そう。中臣鎌足らとともに、蘇我入鹿(そがのいるか)を暗殺した、
その人である。

当時の日本は、蘇我氏、物部氏(もののべし)らの豪族が群雄割拠していた。
天智天皇は、豪族の代表である曽我氏を滅ぼすことにより、
天皇中心の体制への移行をすすめたのである。
天智天皇の遺志は、天武天皇、持統天皇に引き継がれ、
この時期に、日本は中央集権国家としての基礎を固めた。
もし、この時代に国家としての基礎が固まっていなかったら、
いまごろ日本は、中国の一部になっていたに違いない。

ちなみに、あの暗殺事件、私らの世代は「大化の改新」と習ったが、
現在の教科書では、「乙巳の変(いっしのへん)」となっているらしい。

まあ、どっちでもいいけど...。

その後、天武天皇は、天智天皇の息子の大友皇子(おおとものみこ)
と皇位をめぐり、争うことになる。(壬申(じんしん)の乱)
持統天皇にとっては、夫と腹違いの弟が争うことになり、
葛藤があっただろう。
そのあたりは、里中満智子氏の「天上の虹」にくわしい。
ちなみに、私は天上の虹で、日本の古代史をマスターした。

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天上の虹ファンである私にとっては、天武・持統天皇陵に行くのは、
かねてからの望みであった。それが、54才のいまになって、
ようやく、実現したというわけ。

陵そのものは、単に土が盛り上がって林になっただけであり、
どうってことはない。訪れていた人も、
「え? これだけなの?」
みたいな感じであった。
まあ、興味がない人にとっては、そんなもんであろう。
ここは、日本の古代史に興味がある人にとっての特別な場所。
そういうところである。



ということで、今回の記事のまとめであるが、
天武・持統天皇陵は、一般の方にとっては、土が盛り上がっただけの、
どうってことないところであるが、日本の古代史に興味がある人に
とっては、ひとつの聖地である。


天武・持統天皇陵をみたあと、私は高松塚古墳、石舞台古墳などを見て、
国立飛鳥資料館を見学した。ひととおり、飛鳥めぐりをしたわけである。
天の香具山を見上げると、新緑がきれいだった。

春すぎて 夏来にけらし 白妙の 
衣ほすてふ 天の香具山
 (持統天皇)



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国立飛鳥資料館にて



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